最高裁判所第二小法廷 平成7年(オ)2461号 判決 1997年4月25日
上告人
森井敏春
右訴訟代理人弁護士
花村聡
石井夢一
被上告人
森井正夫
右訴訟代理人弁護士
齋藤一彦
主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人花村聡、同石井夢一の上告理由について
一 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 上告人および被上告人の父である亡森井勝蔵(以下「亡勝藏」という。)は、第一審判決添付物件目録(一)の借地権(以下「本件借地権」という。)を有するとともに、その土地上にある同目録記載(二)の建物(以下、「本件建物」といい、本件借地権と併せて「本件借地権等」という。)を所有していた。
2 亡勝藏は、昭和四五年五月六日、公正証書遺言により本件借地権等を含む全財産を上告人に包括遺贈し、同年一〇月二四日に死亡した。
3 被上告人は、右包括遺贈に対して遺留分減殺請求権を行使し、その結果、本件借地権等は、上告人が六分の五、被上告人が六分の一の持分割合で、共有ないし準共有(以下、併せて「共有」という。)するに至った。
4 上告人は、昭和二五年ごろから、本件建物のうち第一審判決添付建物図面表示の部分に家族と共に住居している。一方、被上告人も、長年、本件建物のうち同図面表示、の部分に家族と共に居住し、昭和四五年以降は、これを自らが代表者を務める有限会社森正工務店の事務所としても使用している。なお、同会社は、昭和五八年に本件借地権の目的である土地を前所有者の森井りんから買い受け、これを所有している。
5 本件建物は、経年による老朽化が著しく進行し、通常の建物としての機能を具備していない現状にあって、その経済的価値はないに等しい。これに対し、本件借地権の価格は第一審で実施された鑑定の結果によれば、平成五年一二月二五日現在で合計九六二八万五〇〇〇円であり、このうち被上告人の持分に相当する価格は、一六〇四万七五〇〇円である。
6 上告人は、被上告人との間の分割協議が調わなかったため、本件借地権等の共有物分割を求める本件訴えを提起した。上告人は、本件借地権等の分割方法として、第一次的に、本件借地権等を第一審判決添付借地権図面及び同建物図面に記載のとおり、東側部分と西側部分とに分割し、東側部分を被上告人に、西側部分を上告人に取得させた上、過不足の調整をするために、被上告人から上告人に対して二七六一万円余の価格賠償をさせる方法による分割を、第二次的に、自らが本件借地権等を単独で取得し、被上告人に対して、その持分の価格を賠償するいわゆる全面的価格賠償の方法による分割を提案している。
7 これに対し、被上告人は、本件借地権等の分割方法として、競売による分割を提案している。
二 原審は、(1)共有物分割に当たっては、持分の価格を超える現物を取得する共有者に当該超過分の対価を支払わせて過不足を調整することも許されるが、現物分割の調整としての価格賠償にはおのずから一定の限度があり、全共有者が合意しているとか、共有者中の一部の者が他の共有者の承諾の下の長年にわたり共有物件を生活の本拠として使用してきたなどの特別の事情がないにもかかわらず、現物を持分の割合と著しく異なる価格割合で分割し、その不均衡を価格賠償によって調整するような分割方法を定めることは許されないとした上で、(2)上告人提案に係る第一次的分割方法については、このような現物分割を命ずることは相当でないとし、(3)上告人提案に係る第二次的分割方法については、このような分割が許されないことは明らかであるとして、本件について、全面的価格賠償の方法による共有物分割を認める余地があるか否かについて具体的に審理判断することなく、競売による分割をすべきものと判断した。
三 しかしながら、原審の右(1)、(3)の判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。
1 共有物分割の申立てを受けた裁判所としては、現物分割をするに当たって、持分の価格以上の現物を取得する共有者に当該超過分の対価を支払わせ、過不足の調整をすることができるが(最高裁昭和五九年(オ)第八〇五号同六二年四月二二日大法廷判決・民集四一巻三号四〇八頁参照)、これにととまらず、当該共有物の性質及び形状、共有関係の発生原因、共有者の数及び持分の割合、共有物の利用状況及び分割された場合の経済的価値、分割方法についての共有者の希望及びその合理性の有無等の事情を総合的に考慮し、当該共有物を共有者のうちの特定の者に取得させるのが相当であると認められ、かつ、その価格が適正に評価され、当該共有物を取得する者に支払能力があって、他の共有者にはその持分の対価を取得させることとしても共有者間の実質的公平を害しないと認められる特段の事情があるときは、共有物を共有者のうちの一人の単独所有又は数人の共有とし、これらの者から他の共有者に対して持分の価格を賠償させる全面的価格賠償の方法による分割をすることも許されるものというべきである(最高裁平成三年(オ)第一三八〇号同八年一〇月三一日第一小法廷判決・民集五〇巻九号二五六三頁参照)。
2 これを本件についてみるに、前記一のとおり、本件借地権等は亡勝藏から上告人に対して遺贈されたものであり、被上告人がこれに対して遺留分減殺請求権を行使した結果、その共有関係が発生したものである上、六分の一の持分を有するにすぎない被上告人が競売による分割を提案しているのに対し、六分の五の持分を有する上告人は、今後も本件建物に居住することを希望し、自らがこれを単独で取得する全面的価格賠償の方法による分割を提案していることにかんがみると、本件借地権の存続期間などの事情によっては、必ずしも本件借地権等を上告人に取得させるのが相当でないとはいえないし、上告人の支払能力次第では、本件借地権等の適正な評価額に従って被上告人にその持分の対価を取得させることとしても、共有者間の実質的公平を害することにはならないものと考えられる。
四 そうすると、本件について、全面的価格賠償の方法により共有物を分割することの許される特段の事情の存否について審理判断することなく、直ちに競売による分割をすべきものとした原審の判断には、民法二五八条の解釈適用の誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法があるというべきであり、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。この点をいう論旨は理由があるから、原判決は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官福田博 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官河合伸一)
上告代理人花村聡、同石井夢一の上告理由
控訴審判断には、民法二五八条二項
「前項の場合において現物をもって分割をなすことあたはざる時または分割によりて著しくその価格を損する虞れある時は裁判所は、その競売を命ずることを得」の解釈の誤りがある。以下述べる。
一 控訴審判断は民法二五八条二項について左記引用のとおり判断している。(控訴審判決第四丁裏から五丁表)
二 ところで、前項法解釈に続いて、第六丁表の五において、左記引用のとおりの法解釈をして、そして、本件共有物事件では現物分割できないとしているが、民法二五八条二項の法解釈について誤りがあるものである。以下、次項で述べる。
三 原判決八丁裏一一行目の冒頭から同九丁裏一行目の「考えられる。」までを次のとおり改める。
「1 民法二五八条二項は、裁判による分割については、現物分割を原則とし、それが不能もしくは著しくその価格を損ずるおそれがあるときは競売を命ずることができると規定している。ところで、現物分割をするに当たっては、持分の価格に応じてこれを行うのを原則とするが、当該共有物の性質、形状、位置又は分割後の管理、利用の便等をも考慮すべきであるから、時として共有者の取得する現物の価格に過不足を来す事態の生じることは避け難いところであり、そのような場合には持分の価格以上の現物を取得する共有者に当該超過分の対価を支払わせ、過不足の調整をすることも現物分割の一態様として許されるものと解するのが相当である。
2 以上の観点に立って、本件について検討するに、結論として、本件では競売による価格分割の方法によるべきであると考えられる。すなわち、(一)控訴人及び被控訴人が今後も相当期間にわたって本件建物を引き続いて使用するのであれば、本件建物を現物分割する必要性が高いと<編注・原本記載のママ>
三
1 控訴審判決は、共有物分割事件において、現物分割及びその価格調整が認められる場合の法解釈として、まず、全共有者が同意している場合を上げている。しかし、そもそも、全共有者が同意しているような場合、法的紛争にもならないはずであり、共有持分者の財産権に基づく処分にしか過ぎず、共有物分割を現物分割にすべきかどうか以前の問題である。控訴審判決が、まず、現物分割を認める事例として、民法二五八条二項以前の問題を例として上げていることこそ、現物分割が認められるのは、例外的場合である、すなわち限定して考えるべきという姿勢の現れである。
2 そして、さらに、控訴審判決は、共有者中の一部の者が、他の共有者の承諾の下に、長年にわたり、共有物を生活の本拠として、使用してきた等の特別の事情がないにもかかわらず、現物を持分権の割合と著しく異なる価格割合で分割し、その不均衡を価格賠償によって、調整するような分割方法は定めることは許されないとしている。
3 しかし、控訴審判決自体、当該共有物の性質、形状、位置、または分割後の管理、利用の便などをも、考慮すべきであるから、時として共有者の取得する現物の価格に過不足を来す事態の生じることは避けがたいところである。
と述べている。
4 判決自体述べているように、共有物の性質等を総合考慮すべきである。
控訴審判決が述べていることは、結局、本件共有物の分割を控訴人の主張通りした場合の面積比と、その場合の被控訴人の負担についての検討しかしていない。すなわち、控訴審の判断は、結局、数量的なものでしか本件は判断していないのである。なお、被控訴人の負担が多いならば、控訴人が、全ての不動産を取得し、被控訴人の持分に当たる額を支払うという、共有物の現物分割が認められるべきである。
控訴審は、右判断を考慮しなかった点でも法令の解釈の点で違法があるものである。
5 本件で考慮すべき点は、本件不動産の共有持分の発生原因が相続、しかもそれが、控訴人、被控訴人の父である被相続人の森井勝藏の遺言がその原因であることをおもいいたすべきであり、その点を共有物分割の判断の第一要素とすべきであり、原審判決は、この点の判断過程に法令解釈の違法があったのである。
本件共有物は、確かに、相続人である、控訴人と被控訴人の所有である。
しかし、これは、同人らが取得した財産ではなく、森井勝藏が取得した財産である。だとしたら、その分割の指針、すなわち法律用語で言う、法律解釈の指針となる法的判断の要素は、被相続人の真意にかなう形でなされるべきであり、それが、本相続を原因として発生した共有物の分割において検討されなければならない。すなわち、共有物分割に関しては、現所有者の意思と言うのも確かに勘案しなければならないが、相続財産であり、遺贈がなされた財産に関しては、遺言者すなわち、被相続人の意思の反映こそ重視すべきである。
本件不動産は、そもそもは、控訴人にすべて遺贈されたのである。
それを被控訴人は、遺留分行使して、六分の一の共有持分をもち得たのである。
ところで、本件不動産は、遊休地または、投資用財産ではなく、控訴人、被控訴人も元から居住していた財産である。
それを、相続人である森井勝藏は、控訴人に遺贈し、右のように遺留分行使により、共有財産となったのである。
よって、本件不動産は、その性質上現物分割して、その負担をどうすべきか考えるべき事件である。
6 であるから、本件不動産の持分は、六分の一である被控訴人は、そのままの形では、居住をすることはできなくなるのは明かであるから、控訴人はむしろ、共有持分を機械的に適用せず、被控訴人居住部分で、現在使用していない部分で現物分割し、その分割によって生じる差額分を受けることにより分割が、合理的になるものである。すなわち、控訴人と被控訴人とが居住を維持できるのである。
なお、控訴審判決は、控訴人の年齢から、控訴人の居住の必要性は薄いと述べているが、いったいどういう発想でこういう判断が出るのであろう。衣食住は生活の根源であり、特に居住環境は人間が生きていく上、特に精神生活上最重要なものである。
裁判所は、住めればどこでも同じぐらいしか考えていないとしたら民の心を知らないただ機械的な処理をしているとしか考えられない。
再三述べるが、本件は、居住用財産、それもいままで何十年と住んできた財産の遺言により発生した相続財産の分割なのである。
それをただの住み屋として、経済的見地だけで分割の当否をまたは、経済的見地を優先要素として、分割の是非を論じている控訴審判決の態度は民法二五八条の解釈上誤った判断と言わなければならない。
7 又、以上の点を前提とし、かりに、被控訴人の負担が金額的に多いなら、控訴人の言う全体財産を控訴人の財産とし、被控訴人の持分を相当する額を控訴人が支払うという現物分割が妥当である。
なぜなら、これは、本件共有物の性質に一番合うのである。
本件共有物は、控訴人の全所有とするという遺言に対して、被控訴人が、遺留分を行使して共有となったのである。しかし、本件不動産は、控訴人が、居住してきた財産であり、それを、森井勝蔵が、すべて与えたいとして遺言をしたのである。
確かに、被控訴人の遺留分行使は、法的に有効である。しかし、その行使によって発生した権利について、それを金銭であがなう方法で被控訴人の保護は十分である。
すなわち、森井勝蔵は、控訴人に財産を遺贈したのであり、仮に遺留分行使で、被控訴人と控訴人とが共に財産を現物で分けられるという形になればそれは理想であるが、よほどの土地持ちでもなければ、そのようなことは不可能である。
それだからといって、控訴審のように競売にすぐ伏してしまえば、結局、森井勝蔵の財産は、他に散逸してしまい、遺言の意味も何もなくなってします。
本件は、共有物分割という地裁事件であるが、実体は、遺産分割事件といえ、六分の一の被控訴人の権利も保護して、共有財産を相続人の手元に残すには、右の控訴人が全部取得し、被控訴人持分をしはうという分割が、民法二五八条の正しい法解釈である。
だいたい、仮に競売しても、その六分の一は、被控訴人に金銭であがなわれるのであるから、控訴人が競落して支払をするのと変わりはないのである。又著しく、被控訴人の持分を損するわけではない。
もちろん、法的プロセスが違うのは、判るが、本件控訴人は、現物分割とはいえ、競売で分割した場合との得失にも差がなく、共有物の性質論を重視すべき立場から言えば最も妥当な解決である。控訴審判決は、現物分割とは、必ず、一部でも、被控訴人に与える場合を言うという機械的解釈をしており、民法全体の合理的解釈の観点をとることをわすれた違法な判断である。